だだっ広い湖って言うか水平線もその果ても陸地なんか見えないから海なのかもしれないしもしや空なのかもしれないけどそんな殺風景に等間隔でぽこんぽこんぽこんと一列浮石が東から西へ伸びていて僕は今どの辺りにいるんだろう。このすべすべした浮石を何個分ひょいひょいと飛び移ったかは数えてないけどもう随分と長いこと飛び越えて飛び越えて飛び越えたらちょっと休んでちょっとのつもりがいつの間にか眠っててまた目が覚めたら思い出したように飛び越えてなんてことを繰り返している。
最初は多分3歳だった。だってそこから僕には記憶がある。最初の記憶。父親と母親が僕の手を引いて歩いている記憶。父親がちょっと見上げて見つけた飛行機は飛行機雲を引いていたからそれを母親と僕に伝えると母親はその飛行機雲を見てわーってちょっと眩しそうな顔をした後僕の方を見て笑う。そのとき父親も僕の方を見て笑う。僕は父親と母親の笑顔の隙間にのぞく飛行機雲を下から上に目で追いかけて仰け反って天辺を見上げたところであれは僕の家に続いてるんだろうと思う。だから今見上げてる空に伸びている飛行機雲がこの浮石と平行に伸びていることに僕は安心する。あれから僕はいつしかこの浮石を飛び越えていたけれどあのときの飛行機雲が消えないでいてくれることに感謝する。
そして先には誰かの影がひとつ、ひょこひょことやっぱり浮石を飛び越え続けている。僕のところからは幾分遠いので誰だかはわからないし顔を見ても知らない人かもしれない。いつの頃からか僕の前に見え出したその人は僕の前を遠くなったり近くなったり時に立ち止まって動かなくなったかと思ったら猛スピードで連続飛び越えしだしているかいないかわからなくなったあたりで僕が疲れて眠って目を覚ますと10個くらい先の石の上でぴょんぴょんはねて手足をばたばたさせていたりする。二度寝して起きてまた見るとこちらをじっと見ていたりする。そして僕はまた飛び越えはじめて向こうもまた飛び越えはじめる。声は聴いたことはない。もしかすると幻覚なのかもしれない。だけど僕はその彼だか彼女だかを追いかけるようになっていた。なんとなく追いつくことはできないのかもしれないとも思う。そんなだけど追いかけたくなるところは逃げ水にも似ている。今も30個分くらい先をちょっとふらつきながらだけど同じリズムで飛び越えている。小さな影がひょこひょこと動く。
影を追いながら、飛行機雲を眺めながら、僕はずっとずっと飛び越え続ける。いつまでかとかそんなん知らん。いつまでという制限に意味があるとも思えない。今日は南の方で積乱雲が立ち上って雷鳴と稲妻と大雨が子供の泣き声みたいだと思う。遠いここでその音を聴きながらまたひょいひょいと飛び越える僕の脚はそのうち少しリズミカルに石を踏み始める。4つ打ちリズムと雷雨の音。僕は息が切れない程度に歌を歌う。その歌はかつて誰かが歌って聴かせてくれた懐かしさだからハミングのメロディーが僕の意識を俯瞰させてずっとずっと昇っていって今アンドロメダの渦の中です。
僕は今でも飛び越え続けてるんだと思います。
綺麗なものが壊れていっても僕らは泣くことしかできないのですね。だからそれを季節だと思って移ろいゆくなかを歩く。日差しに汗をかいたり雷鳴に胸を高鳴らせたり夕立に誘われてみたりかじかんだ手を繋いでみたりする。ゆっくりと移り変わるそれらの間にはまるく小さな泡が浮かんでいて、ある日やさしい音を立ててはじける。それを聴いたなら少しだけ立ち止まる。雨の中に聴こえる音楽を覚えていようと思う。
「来年の今頃は私街娘ね」とか言って勝手に電話を切ってそれっきりかけてこないけど僕だってただ眠りながら待ってるわけじゃないしお腹も減るなら散歩もする。1年が過ぎる。桜が散って溝にたまって大雨で排水溝が溢れて一晩過ぎると水浸しの快晴の町は新しい風がわき腹をくすぐる。ゴム長靴を履いて外に出て田舎道をどこに行こう。プールみたいにでかい水溜りをぱちゃんぱちゃんと跳ね回って広がる波紋をどこに届けたいのか知らないけどどこにも届かんか。そんな風に思ったから2本足で突っ立った。波紋は遠のいていった後どこかにぶつかって返ってきたりするけどそれも束の間のホイヘンスでいつしかまっさらな水面には青い青い空の真ん中に逆さまの僕がひとりだ。街娘はローファーで水溜りをよけながらよちよち歩くだろう。悔し紛れに僕はがに股でジャンプしてそのまま両足で着地する。飛沫が散った顔は水浸しだから「大洪水じゃ!」と叫んで走ってばちゃんこばちゃんこ「田舎はダムが決壊して水の底じゃ!みんな沈め!」ってどこへ行くかわからんけどきっと夜には家に帰るし水浸しで母さんに叱られる。明日はなんにもない顔で学校に行く。僕はランドセルの重さを思い出して途方に暮れる。
明日の天気予報は晴れだった。
海辺の浜にベッドがひとつ布団は鳥の羽が沢山詰まったふかふかのやつでそれに包まれてる君は目を瞑って静かに眠る。君の顔はおでこもほっぺたも鼻の先も透き通って白いからその綺麗なのを指でなぞりたくなるけど君を起こさないように僕はしばらく眺めた後ベッドの横の木の椅子に音を立てないまま座る。3月の朝の海辺はこんな時期のこんな時間だから誰もいない僕らだけ。波は穏やかなら風も前髪をなでるほど、鳥も空高くにひとつ影がソアリングしているだけでその穏やかさは額に入れて壁に飾れば印象派の絵画のようだと思う。海の向こうの空は薄く伸びたり重なったりする雲と朝日の入り組んだオーバーレイで綺麗な静けさが世界じゃないところみたいだ。静かだ。
そして暇だ。君が眠っていると僕はすることがひとつもないから波の反復運動を眺めながら頭の中を仮定したり思案したり回想したりしつつ散歩するばかりだ。透明な奥の暗い青と朝の空の反射を混ぜたまっ平らな色がちらちら動いた後にしゅわしゅわと泡だって浜に覆いかぶさる。滑って戻る。渚で繰り返して繰り返すそれは海の呼吸のようだ。そういえば「そのとき海の波に規則性を見つけたんだ」と言って笑った笑顔は誰だったろう。その笑顔しか思い出せないけど笑顔は忘れられないから僕もそこに規則性を見出してみようと波を眺めるけどあきれるくらい不規則でF(x)=の後が続かない。どんな規則も飲み込めないままやっぱりここは静かだ。君の寝息も聴こえないほどの静けさだ。
僕はもう一度君の顔をのぞく。君はその穏やかな眠りの中でどんな夢を見ているのかそれとも見てもいないのか。少し知りたいけどどうしてもと言うわけじゃないから僕は君を起こさないし誰もその眠りを妨げようとはしない。ここは波が満ちたってベッドの足をくすぐることもないし鳥の影もいつしか消えた。誰も邪魔しないこの場所で君は眠っている。綺麗だと思う。そしてやっぱりなにもすることがない。
なにもすることがないからまた海の波を見続ける。継ぎ目のわからない滑らかさの波を見てやっぱりもう一度その中に規則性を見出してみようと思い直す。そして規則性を見つけたならそのとき僕は君を起こしてそれを君に伝えようと思う。眠たげな目をこすりながら寝ぼける君に呆れるような笑顔でそれを説明しようと思う。
僕は渚を見つめる。
波を見つめる。
海を見つめる。
水平線と空の合間を見つめる。
パノラマの奥のそのまた向こうを見つめる。
最果てを見つめる。
僕は絵を描く。油絵みたいな芸術ではなくてらくがきみたいな漫画絵でデッサンとか全然わからんからへたっぴだけど好きだから描く。シャーペンでしゃかしゃか描く。あと僕は文章も書く。頭脳明晰的確多彩繊細表現なんかができれば言うことはないけれどそうともいかなくて羅列に羅列を重ねた殴り書きの寄せ集めみたいな文章ばかりだけどとりあえず書きたいことの輪郭はおぼろげながらなぞってる気はするし、なんといっても書いたら書いただけ文章ができるのがなんかおもしろい。キーボードでカタカタ書く。あと曲もつくるけどこれは結構ギターとか派手な音がするから絵とか文章とかとは違うような振りをしてやっぱりつくってるときの気分は一緒、地味に録音地味にサンプリング地味にミックス地味にエンコードってつまり地味なのは作業中の音じゃなくて自分の気分だ。集中だったり推敲だったり試行錯誤だったりってのは随分と地味でひとりぽっちなものだけど僕はそれが案外嫌いじゃない。そんで地味で責められたこともない。責められてもわかってなかっただけかもしれないけど結果オーライ問題はみつからん。
しゃかしゃかカタカタしゃかカタじゃらーんジャキジャキしゃかカタ地味な音と気分をぽろぽろこぼしながら転げまわして積み上げてできるそれらが僕は自分でつくったものを自分で言うのもなんだけど好きだ。すごい好きだ。だって好きなものをつくってんだからそれが完璧でなくたって好きにならないわけがない。立ててる音と気分が地味ながらも向けてる意識は穴が開くくらいぶっとく集中して注がれてんだから思い入れだって強いんです。自己満足とかなんだとか非難されてもそんなん知らんわ、僕が欲しいもんじゃなきゃ僕はいらんし僕が欲しけりゃどっかの誰かも欲しがる可能性が出てくるでしょというか僕が欲しくないもん誰が欲しがるんだよ。まぁいるかもしれないけどそのこととそのひとのことは僕が考えても仕方ないから他の人に任せる。淀みない丸投げ。そんで僕は絵を描くしゃかしゃか、文章を書くカタカタ、テレキャスにVOXでジャカジャッキン。
けれど僕がそうしているのはそれまでに僕じゃないひとが僕が欲しいものをつくっていてくれてたからだ。絵は小さい頃から描いていたけど今のかたちを明確に意識しだしたのはあのすごいかっこいい絵にであってからだし文章を書き始めたのだってあの文章を読んであんなかっこいいものが書けるほど文章は何でもできるって知ったからだし曲をつくり始めたのだってあの曲が聴いた僕の数分間を時間じゃ表せない時間にしてしまうかっこよさに打ちのめされたからだ。全部僕の欲しいものだった。だから僕もつくることにした。憧れを馬鹿みたいに捏ね繰り回す。すごいかっこいいものつくってくれたひとにありがとうと感謝しながら捏ね繰り回す。別にそれつくったひとは僕なんかのためにつくったわけじゃないだろうけど感謝せずにはいられない。そんで、だから今もこれからもつくってくれる僕以外の誰かの存在を感謝せずにはいられない。かっこいいものつくってくれてありがとう。僕は未だにあなたへの憧れを捏ね繰り回し続けています。
