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白んできた。
カーテンを開けてみたら世界は終わっていなかったけど、特に昨日から終わる気配もなかったし別に願ってもなかったからそれはただの朝だ。
コーヒーを飲もうと薬缶に水を入れて火にかけてほっといてる間にマグカップにはネスカフェゴールドブレンドの砂利みたいなやつをスプーン一杯落っことしといて後はぼーっと突っ立つ。台所は日が差し込まないからまだ暗い。流しの前についてる蛍光灯を今更にシャコンと紐を引っ張って点けると灯る空気は青白い。蛍光灯の光は夜の部屋だと冷たくて寂しいのに夜中や明け方の狭い場所だと凛として背中を向けていて明滅するのに揺るがない。しばらく照らされた壁を眺めるけどこの時間には強すぎるのでまたシャコンと紐を引っ張って明かりを消す。残ったのは暗い部屋の中に灯るガスコンロの青い火のおぼろだけでそれはこぉーーーーーーと音を立てるので目にも耳にも暖かい。手をかざすと実際に暖かい。ちょっと熱い。そんなことをしてると薬缶がしゅんしゅんしゅわらしゅと言い出して湯が沸いてコンロを切る。火が消える。マグカップに注ぐと真っ白い湯気とコーヒーの香りが一気に匂いたつから少し笑う。そいつを持って戸を開けると部屋の中はもう真っ白な朝だった。
一日が始まる。

からんからんと乾いた音を立てて回るプロペラはツェッペリンのいっちばん後ろで真昼間の太陽を銀ぴかに反射させながらちょうど目を回しやすいほどの勢いだ。窓の外で私には目もくれず横切るそいつは晴れ渡る空を海原と勘違いした気のいい鯨みたいだ。駆動音につられてちらりと見たけど銀ぴかが眩しくてすぐに私はそっぽを向く。そっぽを向いたら肘を突いて今日と明日と明後日のことを考える。それ以上のことはどうせイレギュラーな要素が舞い込むに決まっているから考えるだけ無駄だ。天気予報を考えてみたってそれは明らかだ。だから私は今日と明日と明後日のことだけを考える。今日は何もなくて明日は流体力学と熱力学だけで明後日は微積と実験2コマ。勉学に勤しむ日々は勤しむ気がなくても滞りなくやってくるのねどっかいけ。そう思う日曜日の午後は気だるくてだから今日という日になにもないことは世界の空気を少しだけ重くする。重くなるから逆にツェッペリンは上昇する。お前は気ままで伸びやかだねと心の中で呟いた後頭の中では風船の水素に引火し爆発したそいつの逆立ち姿をぺらっと描いてすぐに消す。けれどお構いなしにツェッペリンは上昇しながら南に向かって小さくなっていって瞼の裏で見えなくなる。私は目を開けて今日と明日と明後日のことを考えるのをやめる。後ろで窓の外に秋空が広がっているのを思い浮かべる。のっぺりとしていて匂いがない。

眠いんだかだるいんだか知らないけど頭がぼんやりするので寝転がったまま目を開けて天井を眺める。天井は白い。白くてなんでもないから僕はその中にいっぱいの夢を見ることにする。そうすると夢は白に広がって馴染みなんでもなくなったなら適度に混沌とした物語を孕む。僕は頭の上でそれを育む。二人の少女とひとりの男の子とひとりの宇宙人と一匹の猫の物語。それはみんなが寝静まった後の台所から始まるような内緒の約束みたいだ。その約束を果たせたなら彼女たちはみんな喜ぶだろうし僕だってその喜ぶ顔が見たい。見たいから僕は座標軸xyzと時間軸tとエネルギーEを数字並べパズルのようにかちかち組み替えて綺麗に並べたり、並べきらないなら時にはひょいとピースを持ち上げてみてズルをしながらそれでもパズルを解こうとする。そうするとズルが祟ったか答えは幾つかに分岐しパラレルな状態を垣間見る。お前は猫かよシュレディンガーのとか思いつつもまぁ変数の数だけ解があるのは世の常だと自らを納得させて思考を選択に切り替える。何択かも定かでないもののなかから選ぶということ。選ぶことは捨てることだ。捨てることは決断だ。僕は欲張りだ。だから捨てきれずにいるうちに天井は元の白にもどっていた。横になっていたはずなのになんだか疲れたから体を起こす。時間tは10月に変移している。

人間の形をしたロボットがひとつ飛んでって遠く南に見えるその影法師は小さくてちっとも形を変えやしない。
手と足からはジェット噴射をしていて後にコントレールを引いている。顔は見えないけどきっとずっと前を見据えているんだと思う。
空を飛んで、前を見据えて、お前は何を考えているんだろうかと僕は思う。僕とおんなじことを考えているのか、誰のそれとも違うことだろうか、それはいくら考えてもわからない。わからないし、ほんとは少しもお前が何を考えてるのか当てようなんて考えてやしない。わかるはずはない。だってわからないことが僕らの前提だから。わからないからお前は飛ぶんだろうし、僕はそれをこんな遠くから眺めている。


誰かがどこかに向けて放った銃声がひとつ鳴り響いてそれでも遠くの影法師は小さいまんまちっとも形を変えやしない。
形を変えやしないお前のシルエットを見つめながらやっぱり僕はお前が何を考えているかはわからない。それはどこまで行っても変わらないことかもしれない。


誰かがどこかに向けて放った銃声がまたひとつ鳴り響いてだけど今度は僕の隠れているコンテナの端っこにぶつかってパカンと別の金属音を撒き散らす。思わずすくめた頭を恐る恐る上げて見つけた影法師はやっぱり小さくちっとも形を変えやしないから僕はお前を立派だと思う。そして僕はお前が何を考えているのかはわからないけど、でも決してそこに思考が存在しないとは思えない。お前はお前の思考のもと、前を見据えて飛んでいるんだと思う。それは半分確信で半分切なる願いだ。


僕が北の空めがけて放った銃声はここいら一帯に響き渡った後きんとした残響と沈黙に飲み込まれ霧散する。僕は南の空を見つめる。影法師は小さくなんの形を変えることもない。しばらくしていくつかの足音が駆け足で近づいてくる。僕は影法師を眺め続ける。


人間の形をしたロボットがひとつ飛んでく。
遠くに小さな影法師。
コントレールでまっぷたつ。
真っ青い空は近未来。

川沿いの道はひさしもなんにもなくてぼさぼさに伸び放題の髪で翳ってるあなたの目だって眩しそうに細くなる。歩いている夏は私もきっとあなたも暑い。私の半歩前をひょろひょろ歩きながらたまに川の中を覗き込んだり空のあさっての方向を見上げたり前髪を指でといたりする。切ればいいのにと思うけどあなたはあの頃だって何べん言ってもろくに切ろうとしなかったから今ならなおさらもう言わない。
「なんか飲む?」「うん、いいよ。」「そこの自販機でいい?」「うん、いいよ。」
私は嫌がったりしないしあなたもそれを知っている。そのまま滞りなく私たちは飲み物を買う。また歩き出す。
私は午後の紅茶のストレートティーを買ってあなたはジンジャーエールを買った。あの頃からあなたは炭酸といったらジンジャーエールばかり買うようになった。もう「またジンジャーエールだね」と投げかけることもないくらいあたりまえだったことだ。あなたはくいと一口飲み込む。さほど大きくもない喉仏がひとつ上下する。
バス停につく。頼りない骨組みでできたトタンの屋根とプラスチックみたいな古めかしいベンチに私たちは座る。
「疲れた?」「ん、大丈夫。」
私は私のつま先を眺める。指の先でサンダルの先をつまんだりはじいたりした後少しだけ目を瞑る。かすかに泡のはじける音が聴こえてこれはあなたのジンジャーエールの音だと思う。目を開けてあなたの方を盗み見るとあなたは向こうの方を睨んでいた。それは何かを考えているときだ。頭の中で映像と音声を再生しているときだ。私はあなたが何を考えているのかはどうでもいいので反対を向く。北の空は青い。
「夕立ほしい。」
あなたがぽつりというので私はあなたの方を見る。あなたの姿と顔は入道雲と南の青空をしょったまま屋根の影に覆われてて黒ぶち眼鏡が少し重い。その光景には大人の靴を履いた子供みたいなたわいもない違和感がある。あなたはやっぱり冬顔だと思う。